産地の伝統を今に伝える 『林石材店』

 県内でも有数の石の産地で、一時は10軒以上の石材店が店を構えた村松。慶応年間以来の歴史を持ち、町内で現在営業している数少ない石材店の内の一つが、林石材店だ。

 店主の林敏雄さん(63)は、愛知県岡崎市での修行の後、先代の切り盛りしていた林石材店に入社。今では考えられないが、当時は営業などしなくても自然と石が売れた「素晴らしい時代」だったという。

 敏雄さんが代を継いだ頃から、墓石ニーズの多様化や安価な外国産墓石の流入などで、石材店は今まで通りの商売を続けられなくなっていく。閉鎖する店は相次ぎ、敏雄さんも、職人をやりながら営業に走り回るようになった。

職人の商売

 林石材の商売は、小気味良い。

 相談があれば、すぐに店主の敏雄さんが駆けつける。設計図も自身で書き、徹夜をしてでも翌日には提案書を出す。そうすると「お客さんとどんどん話が進む」という。

 大手の会社では、営業・設計・施工と部門ごとに担当者がいるのが通常だ。だからこそ、職人自らが石材販売の全工程を手掛ける石材店にしか提供できない価値がある。

 また、高度に機械化が進んだことで、技術を持った職人の数が減ってきているのが現実だ。そんな中、敏雄さんは、自然石を自ら切り出し、石の状態を見ながら加工をしてきた職人である。町内にある「石山」(石切り場)で「苦労してきた」という敏雄さんの技術と経験が、今は業界でも貴重なものになっている。

地震を乗り越えて

 平成16年の中越地震の際は、市内でも多くのお墓が倒れ、林石材店開業以来の仕事量となった。春からの本格的作業を前にして、夜も眠れない日々を過ごしたという。

 雪が解けると、復旧が必要なお墓を査定していく。「一律にいくらというのは失礼」と考え、お客さん一件一件に説明に回った。パソコンを使った仕様書作りを「その前からたまたま始めていた」ことが功を奏し、応援に駆け付けた多くの職人さんと連携しながら、お墓の復旧を進めることができたという。

 その時の職人さんとは、今でも大きな仕事の際に協力し合う、仕事仲間となっている。

 石は硬くて重い。だからこそ先人達は、後世に伝えたいことを石に掘ってきた。

 何を隠そう、筆者の家もかつて石屋だった。上除に、祖父が掘った石碑がある。早逝した祖父に会ったことは無いが、その字に触れると、祖父の仕事振りがほんの少しだけわかるような気がする。 うちは辞めてしまったが、村松で脈々と続く石工の歴史が、これからも続いてほしいと心から願っている。

林石材店

長岡市村松町2166

0258-23-1700

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